#3
…… ――普段ならこんな失態はありえない。 だが、頭にこびりつく熱さが判断を鈍らせた。
『なぜ僕は、こんな"魔王級の悪魔"に楯突いている?』
ベラムのかざした手から、昏い閃光が目の前で火花を散らした。
存在ごと軽々と消し飛ばされそうなほどの圧。 やられる―― ………
光の中で、さらりと背を撫でる感触があった。 驚き眼を向けると、ファウストの腕が僕の身体を包んでいた。
ファウストの、爛と光る目が僕を見つめる。 眼鏡を外し、そっと僕の目元へ乗せた。口元が微かに動く。
“Verweile doch. du bist so schön.” (時よ止まれ。お前は美しいから) ――光に包まれ、意識が途切れた。
僕が覚えているのはここまでだ。 ……… 次に気づいた時には、荒れ果てた部屋に僕一人。
ファウストの姿はどこにもなかった。 推測するほかないが、ファウストが使ったのは恐らく――
瞬間を固定し、その時へ無限に回帰し続ける魔法。
瞬間に囚われた存在は、縛られて先へ進むことも、滅ぶこともない。
ファウストの往生際の悪さを体現したような術だ。 ベラム――そう名乗る影を道連れに、
ファウストは僕を置いて、永久に回帰し続ける時空の歪みへと消え去ったのだ。 呆気なく、終わりは訪れた。
何だったのだ、あれは。 あいつは僕を守った。僕は、何もできなかった。
最後の瞬間、あいつの魂は、これまで僕が快楽で満たしてきた
どんな魂よりもきらきらとした“黄金の輝き"を放った。 あの暖かさを思い出すと、心がざわつく。
悪魔の僕には、きっと永遠に分からない。そんな直感があった。
自分の存在こそが空虚であると、そう言われているように感じた。 「……人間になりたい」
僕の新たな螺旋は、ここから始まった。